The Measure of Civilization
2013-04-28


古い時代の点数になると、正直に、「この時代の○○に関する知見は乏しいので、前後の時代の数値から補間した」と書いてあることが多い。でも、何かに関する情報が少ない、と書くためには、少なくともそれに関する主要文献は隅々まで読まないと、「手がかりはなかった」とは書けないわけです。で、今回この本で、著者は「私が確認したのはこの本だよ」ということを全部説明したので、同業者は突っ込み放題なはず。誠実な態度だと思います。


実際、この本を読んで分かったことの一つは、この著者が行った社会発展指数の値決めは、補間につぐ補間だということ。ただし、未知の区間で値がどう変化しえたか(どういう変化が現実的にありえたか)について、たっぷり注意を払って行った補間だった。ある時点の推定値をあまり低く設定すると、その後の期間に異常な速度での発展を想定する必要が生じる。高すぎれば、その後に異様に長い停滞を想定することになる。また、文献にある定性的な記述から、ある時代のある都市と別の時代の別の都市が同じ数値を持つことが妥当かどうかを判断する。当然判断に幅が生じるのだけど、その場合は真ん中の値をとる。


一番普通の補間方法としては、未知の期間について、毎年一定量の成長を見込んだり、毎年一定の割合の成長を見込んだりするのだけど、この本ではそれぞれの補間方法を取った場合の値をグラフに示した上で、そのどちらよりもゆっくり成長が進んで最後に急激に伸びるパターンを選択していることが多い。それは、発掘された遺跡が示すデータに照らして、一定量や一定割合の成長を見込んだときのプロットだと進みすぎているからなんだそうだ。


エネルギー採取については、最低値が人間の体の生物としての要請から最低線が決まる。栄養として成人一人一日あたり2000kcalは取らないと長くは生きられないので、その他の必要もあわせると一日一人当たり4000kcalが最低線。


過去1万五千年の歴史全体がおおまかにみて、一定割合の指数関数的成長よりも更にずっと近年の伸び方が激しくなっている。ムーアの法則でさえ指数関数的なのに、成長はもっと加速しているようにみえる、ということ。


ただし、細かく見ればもちろん成長が天井にぶつかったことはなんどもあって、前の本でも述べられていたように、ローマや宋のような農業帝国は43点の壁を越えられず、その後衰退した。この本でも、著者は述べている。 「大停滞」が示していることが本当だとすると、それは、産業革命以降の社会モデルが2000年に1000点を越えたあたりでまた別の天井にぶつかったことを示しているのかもしれない、と。


エネルギー採取、組織化、戦争遂行、情報処理、の4つの指標に注目したのはなぜか、なぜ他の指標でないのか、については、著者は、他の指標でも良かった、この4つも互いにかぶっているし、考慮するべきすべての側面を網羅してはいない、と述べた後で、他の指標と入れ替えることで大きな結論が変わるとは思わない、と書いてます。「やれるもんならやってみな」と挑戦している感じ。


で、前の本とは違って、この4つを別々に見たことで、明らかになったのは、この4つの指標の間には順番があって、エネルギー採取がすべての大本で、そのレベルがある程度に達して初めて組織化が進行し、エネルギー採取レベルが更に高くなって戦争遂行、もっと遅く情報処理能力が進展する、ということ。


戦争遂行能力についていうと、現代の核戦争を250点としたとき、たった100年前でも5点にしかならず、200年前1800年で既に1点を割ってしまう。リニアスケールのグラフにすると18世紀以前は何もないようにしか見えない。この本では、0.01点が最低点なので、紀元前4000年から前には点がつかない。



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